トミーのことが書かれている書籍  (発刊順)

 
書 名 : 修好事始 −日米両国関係史(上)−
著 者 : 村山 有
発行所 : 時事通信社
発行日 : 1960年5月1日

 (資料提供 : 著者のご子息 村山 至 氏)


 
書 名 : トミーという名の日本人 −日米修好史話
著 者 : 金井 圓
発行所 : 文一総合出版
発行日 : 1979年5月21日

 1860年の遣米使節団に関する資料が詳細に書かれています。そして、 使節団の無給見習通詞・立石斧次郎が、 「トミー」という愛称で如何に親しまれたか、 アメリカにおける当時の足跡が記されています。
 また、明治時代の米国留学事情に付いてもふれられています。


 
書 名 : 万延元年のポルカ −幕末外交異聞
著 者 : 遊佐 京平
発行所 : パン リサーチ インスティテュート
発行日 : 1985年5月30日

 幕府の通訳が、どのような苦労をして英語を学んでいたか、 その様子が小説として書かれています。 そして、トミーこと立石斧次郎のアメリカでの足跡が、 史実に基づいた小説として書かれています。
 また、ハリスのもとに遣わされた『唐人お吉』に関しても、 一般に伝えられている物語とは異なる史実が書かれています。


 
書 名 : 異聞 岩倉使節団
著 者 : 古川 薫
発行所 : 新潮社
発行日 : 1986年2月25日

 最初の渡米からほぼ12年目の1871年(明治四年)、 28歳となったトミーは長野桂次郎と名を変えて、 岩倉使節団の通訳として再び渡米します。
 4500トンの郵船アメリカ号には、岩倉具視率いる48名の使節団と、 当時8歳の津田梅子などを含む留学生が54名、合計102名の日本人と、 約20名の白人が乗船しました。
 そして、そのアメリカ号の船内で繰り広げられた約一ヶ月間のありさまが、 史実に基づいた小説として書かれています。


 
書 名 : 少年通訳アメリカへいく
著 者 : 松永 義弘
発行所 : PHP研究所
発行日 : 1988年2月10日

 内容はまさに「立石斧次郎物語」です。サムライの少年が外国に憧れ、「通訳」という仕事に憧れ、やがてアメリカへ渡り、意気揚々と帰国。
 しかし、時は幕末の動乱期。斧次郎を待ち受けている数々の出来事が、わくわくするタッチで書かれています。
 また、晩年の斧次郎についても記述があります。


 
書 名 : 維新前夜 ・・・ スフィンクスと34人のサムライ
著 者 : 鈴木 明
発行所 : 小学館
発行日 : 1988年6月20日

 スフィンクスの前にたたずむ27人のサムライの写真が実在します。
 文久三年十二月、フランスへ向けて旅立った池田使節団を撮したものです。
 本書は、幕末の開国劇に関わったこの使節団の面々を追跡調査した歴史小説です。
 使節のメンバー数人が英語を学ぶ過程が書かれており、 彼らが英語を学んだという、トミー・立石斧次郎の英語塾が紹介されています。
(池田使節団の小人目付谷津勘四郎の次女と、トミーの次男はその後結婚をします)


 
書 名 : メリケンざむらい
著 者 : 高橋 義夫
発行所 : 講談社
発行日 : 1990年4月23日

 


 
書 名 : 君はトミー・ポルカを聴いたか −小栗上野介と立石斧次郎の「幕末」
著 者 : 赤塚 行雄
発行所 : 風媒社
発行日 : 1999年10月29日

 ご著書の副題に『小栗上野介と立石斧次郎の幕末』とあります。 明治維新の後、どうして日本がこれだけの文化国家へと急速に変身できたのか、 その陰の立て役者こそ小栗上野介だと説いておられます。
 皇帝を倒して新しい国家組織を構築したかったナポレオンでさえ、 結局自らが新しい皇帝に納まる、という道しか選べなかったのです。
 ところが、なぜ日本の場合は革命集結と共に、これだけの文化国家に変身できたのか、 その理由を冷静で公平な視点から考察して居られます。
 そして、小栗上野介の配下でもあったトミー・立石斧次郎を 歴史上の『トリックスター』という表現を使ってユニークに解説して居られます。


 
書 名 : 万延元年の使節団
著 者 : 宮永 孝
発行所 : 講談社
発行日 : 2005年3月10日

 


 
書 名 : 文明開化の写真師 −片岡如松物語
著 者 : 小平 豊
発行所 : 随想舎
発行日 : 2005年8月5日

 


 
書 名 : ニューヨーク夢空間 −マンハッタンの街角から見たアメリカと世界
著 者 : マーサ 西村
発行所 : 鳥影社
発行日 : 2005年12月2日

 


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