“ TOMMY POLKA ”
Wives and maids by scores are flocking
Round that charming, little man,
Known as Tommy, witty Tommy,
Yellow Tommy, from Japan.
通りがかった
人妻も娘も、思わず夢中で取り巻く
かわいい男、小さな男
その名はトミー、かしこいトミー、黄色いトミー、
日本からやってきたサムライ・トミー
(訳詞は赤塚行雄氏のご著書より)
遣米使節団の中にあって立石斧次郎は、無給通詞見習という責任の軽い身分であり、また武士としての身分の高さから、 その行動をたしなめる者が少なかったことも幸いしたと思われます。
16歳といえば好奇心旺盛なときでもあり、生まれつき茶目なところもあったので、 アメリカ人の間でたちまち人気者となったようです。
新聞各紙にはトミーを讃える言葉があふれます・・・・・・・
当時アメリカではポルカというラテン系のダンスが流行していたようです。 そしてトミーの熱狂的な人気は、ついに『トミー・ポルカ』という軽快な曲まで誕生させたのです。
この曲の存在が知られたのは使節団の帰国から100年後の1960年のことで、 その年に出版された村山有(たもつ)著『修好事始』にその存在が紹介されたことに始まります。
そして、楽譜が発見されたのは更に20年後の1980年のことでした。
横浜生まれのアメリカ人で、日本関係の古文書収集家ポール・ブルーム氏が楽譜を所蔵することを毎日新聞社の徳岡孝夫記者が発見し、 1980年(昭和55)1月10付毎日新聞社会面のトップ記事として報道されました。 (新聞記事)
その後間もなくブルーム氏は海路、横浜に来られ、 トミー・ポルカの楽譜を始めとする6千点にも及ぶ資料コレクションを横浜開港資料館に寄贈されました。
作曲者はドイツ人の作曲家グローブ( Grobe )で、 楽譜はペンシルバニア州フィラデルフィア市内のリー・アンド・ウォーカーズ社( Lee & Walkers ) から出版されたピアノ用のものです。
しかし、一行のフィラデルフィア滞在が1週間だったことから考えても、 トミーが実際にこの曲を耳にしている可能性は少ないとされています。 また、この曲にまつわる話が子供や孫たちの間に語り継がれていなかったことも事実です。
つけたり)
作曲者グローブ
グローブ、チャールス( Grobe Charles )
1817年 ドイツのザクセ - ワイマール生まれ
1879年 米国ペンシルバニア州ストラウズバーグウにて死す(享年62歳)
作曲家、教師、ピアニスト、著者として米国東岸で活躍した
(The New Grove Dictionary of Music and Musicians より)
1840年〜1860年にグローブ氏はデラウェア州ウィルミントンにある The Wesleyan Female Collegeで音楽科教授をしていました。
その時期にワシントン並びにボルチモアで巻き起こったトミー人気を題材に彼が興味を持って作曲したか、 或いは米国の著名人(上流階級)が彼に作曲、作詞を依頼したのではないかと思われます。
トミーポルカの楽譜は石版印刷で刷られたもので、米国内図書館などには結構あるようです。
横浜開港資料館にある楽譜は印刷物でグローブ氏手書きの楽譜ではありません。
また、手書きの楽譜が現存しているか否かは不明です。
(元毎日新聞社、渡辺浩記者から伺ったお話として、長野和郎氏より提供していただいた資料です 2001/09/30 )
さて・・・少し幻想的なお話しになるのですが・・・
トミーは、実は、このポルカを聴いていたのではないかと思わせる不思議な出来事がありました。
群馬県高崎市倉淵町に東善寺という曹洞宗のお寺があります。ここは小栗上野介の菩提寺で、 毎年その命日を記念するお祭りが催されています。
この小栗まつりの折りに、群馬マンドリン楽団による奉納演奏があるのですが、 西暦2000年にはトミー・ポルカが曲目の一つとして演奏されることになりました。
楽譜発見から20年目・・・・・・おそらく本邦初の公式演奏だったと思われます。
5月21日、ご住職からご招待いただき拝聴させていただくことが出来ました。
そして、演奏が始まった途端、私は涙があふれて止まらなくなってしまったのです。
ふと気が付くと、目の前でサムライ姿の少年が得意満面の笑顔で踊っているのです・・・・・・・
メロディーが変わる瞬間、彼はカーテンの向こうに姿を消します・・・・・・・
そして曲が流れ出すと真横に顔を出して微笑み、今度は反対回りで踊り出したのです・・・・・・・
約5分間の演奏のあいだじゅうその少年は踊り続け、深々と頭を下げて消えて行きました。
その後、数々の曲が演奏され、最後にもう一度トミー・ポルカが演奏されました。
先ほどと同じように涙があふれ、まったく同じように少年が踊り、曲の終了と共に消えて行きました。
私は、「トミーはこの曲を聞いている・・・聞きながら踊っていた」と確信しました。
楽譜は発表されていなかったとしても、彼独特の動きを見ながら、 作曲者のグローブが即興曲として基本になるメロディーを奏でていたとしても何ら不思議はないのです。
そしてトミー自身は、それが自分を讃える曲とは知らずに踊っていたのではないかと・・・・・・・
さて、翌2001年の小栗まつりでも不思議な出来事がありました。
奉納演奏を聴いていた長女が女性のハミングを聞いていたのです。
最初は演奏をされている方々が口ずさんでいるものと思っていたようです。ところが、 途中からそのハミングは美しい合唱となり、最後は混声の大合唱となります・・・・・・・
会場はお寺の本堂ですから回りの音も少しは聞こえます、しかし歌っている人などどこにも居ないのです。
演奏はMDに録音させていただいたのですが、何度聞いても長女にはその合唱が聞こえるようです。
私は思いました・・・・・140年前、ホールの中で曲に会わせて踊る異国の少年を多くの観衆が取り囲み、 口々に彼を讃える言葉をつぶやいていたのではないでしょうか。
そして、そのつぶやきはやがて合唱のようになり、最後は大合唱になっていったのではないかと・・・・・・・
2001/07/02
トミーポルカの楽譜 楽譜がご入用の方はこちらで印刷できます。
2000/02/22
トミーポルカを聴く(MP3/2.48MB) こちらをクリックすることによりファイルがダウンロードされ演奏が始まります。
☆演奏は、神奈川県葉山町在住の演奏家、八木ゆみ子先生によるものです。
当時(140 年前のアメリカ)の、のどかな感じが少しでもでるようにとの思いを込めて下さいました。
☆音源のMP3ファイルへの変換は、神奈川県茅ヶ崎市、有限会社クリップ、東春平氏の全面的なお力添えによるものです。
2001/02/12
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